日々の業務を積み重ねて養った
力を
災害時のインフラ復旧支援に
活かす。
協和日成は、大規模災害や事故などの非常事態が発生した際に、現場に駆けつけてガスの復旧対応工事を行う役割を担っています。過去30年において阪神・淡路大震災、新潟県中越沖地震、東日本大震災、熊本地震など全国各地の被災地で復旧活動に関わってきました。当社の災害復旧支援について、複数の被災地を経験してきたベテラン社員2名と、2025年1月28日に埼玉県八潮市で発生した大規模陥没事故で初めて災害復旧に臨んだ若手社員に対談してもらいました。
  • 東京西事業所 マネージャー S.E 2001年入社

  • 東京東事業所 マネージャー T.O 1995年入社

  • 東京東事業所 工事監督 T.A 2020年入社

大規模陥没事故の
ガス供給をわずか3日で復旧

S.E

災害が発生した時に、被災地でガスの復旧支援を行うのも私たちの大切な業務です。私自身も入社以来、2011年の東日本大震災、2007年の新潟県中越地震や2016年に起きた熊本地震の被災地に入って復旧工事を経験してきました。直近の復旧支援としては、2025年1月28日に埼玉県八潮市内にある交差点で発生した大規模な道路陥没事故です。八潮市は東京東事業所の担当区域だったので私は関わっていませんが、T.OさんとT.Aくんは現地で復旧工事を担当したそうですね。当時の状況について聞かせてください。

T.O

私たちは陥没事故が発生した翌日の1月29日から31日の3日間にわたり都市ガスの安全確保と早期供給再開に向けた工事を行いました。復旧支援工事の概要は、ガス供給停止範囲の縮小と迂回供給ルートの建設です。東京東事業所から19名の現場監督と15の施工班が出動して、2交代制で復旧工事にあたりました。私は管理者として東京ガスさんが設置した緊急対策室に詰めて、そこで収集・整理した情報を現場と共有して工事の指揮を担当しました。現場のT.Aくんとはスムーズに連携できたと思います。

T.A

正確な情報や工事の方針を対策室と随時共有できたので、とても助かりました。 東京ガスさんの調査でガス漏れが起きてないのは確認していたので、救助活動に支障をきたさないように交差点内のガスを止めて、ガス管を撤去する工事から始めました。既設のバルブを閉めてガスを止めると、639戸が供給停止になるため、新規のバルブを3基設置して供給停止範囲を130戸に縮小。ガスの遮断により、陥没の穴が広がってもガス漏れを防ぐことができました。供給再開の迂回ルートとして仮設した配管の長さは314mで、私たちが担当したのはそのうち250mです。

●災害時派遣実績
  • 2004年 三宅島復興工事
  • 2004年 新潟県中越地震 復旧支援
  • 2007年 新潟県中越沖地震 復旧支援
  • 2011年 東日本大震災 復旧支援
    ( 日立、石巻、仙台、千葉など複数エリア)
  • 2016年 熊本地震 復旧支援
  • 2018年 大阪府北部地震 復旧支援
  • 2018年 北海道胆振東部地震 復旧支援
  • 2024年 能登半島地震 復旧支援
  • 2025年 八潮市道路陥没事故 復旧支援

さまざまな制約を機動力と
チームワークで乗り越える

S.E

事故をテレビで知って私も出動かと思いましたが、今回は東京東事業所のエリア内だったので、他の事業所への応援要請はありませんでした。多数の人員を投入したとはいえ、3日間でそれだけの工事を完遂するのは大変だったと思います。災害時にガスの復旧に時間がかかるのは、水道と違って慎重に工事を進める必要があるからです。水道管はとりあえず繋いで、水を流して漏れていたら塞げばいいけど、ガスが漏れて爆発したら二次災害が起こってしまいます。二人が八潮市の現場で苦労したのはどんなことですか?

T.O

陥没現場が街中だったので、付近には人も大勢いるし、マスコミ各社が24時間中継しています。また、陥没孔に落ちたトラックの救出作業に影響してはいけないなかで、ガス遮断で供給停止になる範囲を最小限にするなど、さまざまな制約がありました。さらに、陥没孔周辺のガス管は中間圧といって、通常の約6.5倍の圧力でガスを供給しているため扱いが難しく、S.Eさんが言う通りガス漏れによる二次災害の可能性もありました。

T.A

災害復旧の工事は初めてだったので、最初はかなり緊張しました。入社前に説明を受けて理解はしていましたが、自分が行くのは想像してなかったです。もう少し経験を積んだ後で、どこかで災害が起きたら担当するかもと思っていたら、こんなに早く出動することになって驚きました。緊急対応なので準備が足りなかった部分もありましたが、協力会社さんとともに機動力とチームワークで乗り越えました。

東日本大震災では東北・
関東の被災地へ出動

T.A

お二人は何度も被災地へ行って、大規模な災害復旧工事を経験しているので、後学のために話を聞かせてください。S.Eさんは長期にわたって東日本大震災の復旧に関わったと聞きました。どんなことが印象に残っていますか。

S.E

地震があった翌日から茨城県日立市に行って1週間かけてガス供給を再開。戻ってから千葉県舞浜のディズニーランド周辺で液状化した地域のガス管を2週間で復興し、その後で宮城県仙台市で約1カ月にわたり災害復旧工事を担当したので、2カ月弱にわたって復旧支援していました。千葉や茨城など関東でも被災したことに衝撃を受けたけど、仙台はもっと深刻で、現場の少し先にテレビで見ていたのと同じ光景が広がっていたのは忘れられません。工事については、仙台と東京でガス管の材料が違うので、自前で持っていた材料を工夫して使う必要があったんですが、日頃の臨機応変さを発揮して対応したのを覚えています。

T.O

S.Eさんは日立と舞浜を経由してから仙台でしたが、私は震災発生直後に現場監督として第1陣に加わって一足先に仙台に行きました。当時はまだスマホが普及し始めた頃で、現地では携帯は繋がりにくいし車にナビが付いてなかったので、地図を買って現場の位置を確認するなど、今では考えられないくらいアナログでしたね。協力会社の職人さんたちも一緒に行ったんですが、自分の家が被災している人も家族が心配なのに同行してくれて、ありがたく思いました。災害が起きるたびに、当社の社員だけでなく、協力会社の方々にも災害時の復旧支援に対する強い使命感が浸透していることを実感します。

T.A

八潮市の現場では何かを考える余裕はありませんでしたが、工事が終わった時には達成感がありました。近隣住民の方からお礼の言葉をかけてもらった時には、頑張って本当に良かったと思いました。

災害復旧支援の経験と学びを
後進に継承していく

T.A

初めて経験した災害復旧支援工事でしたが、自分としては思いのほか落ち着いて現場に臨むことができました。やっぱり、経験豊富なT.Oさんの指示がとても適確なので、安心していつもの現場と同じように工事を進められたことが大きかったと思います。安全を第一に普段の仕事をしっかりこなしていれば、緊急時でもあわてずに対応できる力が自然に身に付けられる。そこに気付いたのは大きな収穫でした。

S.E

T.Aくんの「日々の業務で身に付けたものが八潮市の現場で役に立った」というのは、先輩としてうれしい限りです。災害時に備えて特別な訓練をする必要はありません。基本を繰り返し積み重ねることによって着実にステップアップしていけば、災害復旧支援の現場でもその力を発揮できるからです。私のように複数の復旧支援を経験している先輩方も大勢いるので、その知見を後進の若い世代に伝えていきたいと考えています。

T.O

今までは地震による被災地の災害復旧支援が主でしたが、これからはライフラインの老朽化が進んで、八潮市のような大規模陥没事故へ対応するケースも増えてくると思います。もちろん災害は起きない方がいい。でも、万一の時に被害を最小限に抑えて、1日も早くインフラを復旧するためには技術に磨きをかけ、イレギュラーな事態に対応できる柔軟性を身に付ける必要があります。災害復旧支援を経験すると、改めてライフラインの重要性を認識し、それを守る仕事に携わる喜びと誇りを感じることができます。日常でも有事でも、インフラを支えて豊かな暮らしに貢献するのが私たちの役割なのです。

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